TAR(MOVIE)


今年最も公開を楽しみにしていた作品「TAR」を観てきた。

前情報通りのベルリンフィル映画であった。実際ベルリンでのシーンが8割、あの厳格かつ聖地であるベルリンフィルハーモニーホールの大ホールが、「セット」ではなく、本当にカメラが入り、実際に撮影が行われたのは勿論映画史上初だ。演奏の音質も物凄く良く、これだけでクラシックファンは観に行く必要がある。 

主人公のリディア・ターを演じるのは今最もいけてる女優ケイト・ブランシェット。

(何と彼女は本作の為に指揮法とピアノ演奏の技術以外に、ドイツ語をバイリンガルぐらいに習得している。台詞の30%はドイツ語である)

この主人公リディア・ターはなんと、ベルリンフィルの初の女性主席指揮者かつ、エンタメクラシック(要するに映画音楽やポップスのオーケストラアレンジ等)でもエミー、オスカー、ゴールデングローブ、グラミーを総舐めており、映画の開始時に彼女が抱えているミッションは、「ベルリンフィル最後のやり残し」と言われている、マーラーの交響曲5番のライブ録音(マーラーは実質9曲の交響曲を書いているが、ベルリンフィルは5番以外全部録音しているので、これを補完して、マーラーの交響曲全集を出す)と、自伝の出版、という、もう「これ以上偉くなるの無理じゃないの?」というくらい頂点を極めている。

本作のオープニングはターのトークイベントで、彼女のこうした偉大な履歴をMCが語るのだけれど、それだけに10分以上かけていて、そうして紹介が終わったターの語りとその後さらに10分以上にわたるインタビュアーとのクラシック議論は観ていて感嘆するほど知的高度が高く、20分以上の会話シーンが全く飽きずに面白い。

私は妹がクラシックのプロの音楽家をしていて、私自身もクラシック知識は勉強したりしてきた割に特に今まで生きても特に使えない教養だったけど、それが初めて「こんなところで使えるとは!良かった!」と思った瞬間であった。笑

(これは、この後に続くジュリアード音楽院でのシーンのアフロアメリカンの男性とのクラシック議論も同様である)


ここまで聞くと、小難しいクラシック映画なのでは?と思う人も多そうだけれど、その実、全く違うテーマの作品なのです!これが。見進めるにつれて感じる嫌悪感や違和感、「そういうことか」と気が付く本当のテーマ。



この映画、宣伝で「サイコスリラー」とか謳っちゃってるんだけれど、これは本当に悪意がある間違いである。止めた方が良かった。

実は何と本作、製作がアメリカだけあり現代の「キャンセルカルチャー」がテーマ。

宣伝用にはせめて<クラシック界の頂点から失墜する女性指揮者を描いた>とかだったら、もっと作品のテーマ性が伝わっただろうし、誤解を招く結果にもならなかったかもしれないなと思ったり。

何にせよ、結局は「現代のアメリカ映画」だなという印象もありますが、音楽映画史に残る素晴らしい作品なのは間違いないと思います。テーマ性を理解した上でもう一度伏線回収で見たいので、私は来週もう一度見に行こうかなと思っています!