プラダを着た悪魔2



正直なところ、美のない社会はあまりに退屈だ。

私たちは本来、もっと美しさに刺激され、豊かになれるはずである。

合理性とコストパフォーマンスを突き詰めたら、もう二度と『美』を価値の中心に据える時代はやってこない。


例えば20世紀初頭のキュビズム思想など、昔の道具や建築、衣服には、用途以上のものが宿っていた。
日本の着物だってそうだ。「単に着る」という用途をはるかに超えて、極めて高度なデザイン思想が宿っている。

そこには決して使いやすさだけではない「人間がどう在ると美しいか」という思想があった。


本作品は眩暈がするほど華やかなモードをスクリーンに散りばめると同時に、モード(美)の終幕、そして「美の権威が崩れた現代の物語」であったり、現代のモード界のダークサイドを描いた作品だ。


正直、「合理性や機能性を超えた美を、もう一度取り戻す」ことは、もうできないと思う。
実際に私だって、VOGUE誌をお金を出して買うことなんてしなくなってしまった。


多くの人々は動きやすい服を選び、地味で無難な色の失敗しないものを選び、アルゴリズムが薦めるものを眺める。それはさぞ快適でしょうねと思うし肯定も否定もない。


でも、快適さだけでは、私の感性は深く震えない。

だから私は、せめて自分の人生くらいは、美に対して誠実でありたいと思う。


モード万歳、ファッション万歳!